旅の足跡「大原・前ヶ畑 〜梅ざらめ史上最大の試練〜」
少し前に「当面の目標を大原」と定めていたのだが、決行はその3ヶ月後と割と遅かった。
何においても準備は必要である。この間チャリの足を止めずにいたことで、八幡市まで休憩なしで行けるようになった。
旅の準備として消毒液とマスクと止血用のティッシュ、チョコレートを持っていくことにする。チョコレートは体力回復によく効くからだ。
来る五月、ついにその時が来た。
まずは八瀬比叡山口駅に到着。
この日は休日ということもあってか人も多く、予備の飲み物を買うだけに留まった。
正直ここで2本買えば良かった。一見前途洋洋のように見えるが、この先の地獄をまだ知らない我が身の純粋さにどこか悲観さえ覚える。
トンネルから出た瞬間、景色が一変した。山が麓まで見える。家が急に疎らになった。ちょっと移動しただけでここまで急変するものだろうか。
なんてことを考えつつも時々脇道に逸れつつ着いたのは大原。
何故かここに来たことあるな、と若干の既視感を感じる。少し思い返してみると、まだ子供の頃にここにやってきたことがあった。確かオーバーオールを着ていたはず。
道の駅らしき建物で休憩しつつそのまま漕ぎ続ける。が、ここで本来は旅は終了しているはずだった。
近くの地図を見てみると、
もう少し奥の方に、小道らしきものがある。
方角としては西、恐らく鞍馬に通じているはずだ。
時間はまだ十分にある。これは行く他ないだろう。
場所が場所故大きな道を一歩でもそれたらこれだ。車なんて一台来ればいい方である。逆に言えばここは我々自転車にとっては快走路そのもの。
そしてたどり着いたのがこの小さな橋。ここから件の横道が始まる。
それから先は正しく快走路そのものだった。車線が広がり、周りには木々、川の音、それぐらいしかない。自転車にとってこの世の極楽とはこういうことを指すのだ。
しかし妙なことがあるかといえば是と言える。
走るにつれペダルが重くなり舵取りも上手くいかない……
徐々に傾斜になっていくのが分かっていくのだ。
そして急に細道になって通りにくくなったかと思えば…………
───────これだ。
極楽は、一瞬にして地獄になる。
どうやらこの道は神仏ではなく悪鬼羅刹の類のようだ。
もはや下りて動くことすらも叶わない。なぜならこんな傾斜だからだ。一歩だけでも相当疲れてしまう。
それでも残った飲み物のおかげでなんとか乗り切ることに成功した…………
───────地獄がその罪の重さ次第で八つに分けられているように、ここもまた異なる地獄が待っていた。
傾斜と、急カーブ。これ以上に苦しすぎるものがあるものか。
写真ではこうやって上手く停めているが、実際は少しでも傾斜があると傾いてしまうのが現実だ。
近くに湧き水があるが飲み方が分からず頓挫。つまりここから先はノン補給で坂を越えなければならない。
脚が棒になる感覚が続く。一体いつまで続くのか。
頂上だ!!!!!!!
ここまで来ればこっちのものだ。後は下り坂、もう楽勝ムードが漂う。
下り道の開放感といったらもう最高だ。
たどり着いたのは百井地区という小さな集落。どうやら近くのお店で地元の方が談笑しているらしい。少し挨拶しておこう。
どうやら、自分は特殊という枠組みに入るようだ。
なんでも、「この場所はたまに自転車はやってくるけど、殆どはスポーツ系の自転車でそういう形が来るのはまず見ない」らしく、応援の言葉と一緒に見送って貰えた。
そしてここまでノンストップで駆け抜けてきたためこの小さなお社で休憩。小さくとも神様のお住いの為、無礼は許されない。旅の無事を十円玉とともに祈りつつ、再開。
少し進むと左手には湿地帯が見える。
その美しさに息を呑んだ。
死期など測れないものだが、もし今生最後の場所を決めるなら、きっとここが良いかもしれない。そう思えるほどの美しさだった。
暫くは人も車も通らず、細い道を通って行ったが、
柵が見当たらない。先程坂道を地獄と評価したが、ここはさしずめ大焦熱地獄といったところか。
むろん落ちれば終わりだ。せいぜい夜のニュースが関の山だろう。
できるだけ右によって進む。車が来ないことを祈ろう。
そうして安全に気をつけまくってゆっくり進みまくった先には、
「マジか(当時の一言)」
なんと出口はかの「百井別れ」だったのだ。
車の場合、一発で曲がることは不可能とされてきた伝説の酷道。
まさかここが出口だとは思わなかった。ここに来て嬉しい誤算である。
実はバスも来る。曲がりはしないが。
その後、近くを走っていたランナーを横目に山を下って、着いた先は鞍馬だった。
ここからここまで何キロ走ったかは知らないが、恐らくこれこそ自分にとって最大の旅路となっただろう。
5月の少し暑いころの出来事であった。
など、ハッピーエンドで終わらないのが自分の旅。
この数ヶ月後、家族を巻き込むある「夢」叶えるのは、また別の話。